酒の井戸

アルコールの海に溺れながら考える世界のいろいろな出来事。または箱庭的な自分のこと。

ブログ事始。

「正月は、冥土の旅の一里塚・・・」って一休禅師を気取って嘯いたって。あのーあたし、生まれてからこっちろくな功徳も積んじゃないからって、・・だからさ。

 ・・いや・・んで、さっきから昨日の残り、冷燗を猪口に垂らしてなめちゃいるが、中身が伴わねえってこれ、まあまったく空しいモンで。

 

・・・って。

 あははは。

 

「ほれ見ねえお前さん。さっきからあんたの重みの欠片もねえ言葉が、浮かんで鼻っ先でくるくる踊ってるじゃねえか。人間てなあな、一語一句同じ言葉を言うにしても不思議なモンで人それぞれ、重みってのがありますわな。あんたの言葉とくりゃ、人類最軽量のすかすか・・・。」

 

 なんて酔いに、こうべをたれて一人芝居。せいぜい馬鹿げた自嘲でからかってみるけれど、ぽっかりと。ああ、だから。何だって燗だたってしらねえよ。日の出も見逃した。ああ、どうせ休みがあけりゃ世間様の雨曝し、濡れるがよかろう。

 

そうじゃろうか

 

いや、そうじゃろう

 

 

 だから今日ぐらいはもう少し・・現実逃避を少し・・・と、また酒を飲んで。結果ああ、頭が痛い、重い。

 

 頭が。

 

 あたま。

 

 垂れたこうべにこう肘を寄せて、それで転がっている酒瓶と水平になる。緑色の酒瓶。八割は空か。あすたの酒が、足らんじゃありませんか。どうするんですか。酒がなければ、あたし、あすた生きてかれません。世知辛い世の雨曝しの、雨露をしのぐ一滴の露ですよ。

 

 そういえば、大昔虹鱒を解剖したことがあった。理科の宿題だったはずだ。自由研究だったろうか。夕飯の買い物に行く母親に頼んだのだった。

 

 「虹鱒を一尾と、ホルマリンを買ってきておくれ」

 

まな板の上に虹鱒をのせ、それはとてもテロンとしていた。インターネットのない時分、どうやって解剖の仕方なんぞ調べたか、今は知れん。身を半分に切りおとして、臓物がよく見えるようにしてから、丁度同じような緑色した瓶に入れて、ホルマリンをつけて、保存し提出したのだった。

 

それからややあって後、教師に手伝いを頼まれて理科準備室に入った。狭いひどく薄暗い部屋に、背丈より高い棚が無数に並んで。馴染みない実験道具や標本。どれもかび臭く埃臭くって非現実的な空間の奥に、僕は見慣れたあの緑色の瓶を見付けた。

 

 懐かしく近寄ると、数ヶ月間薬液に漬かりきったその虹鱒は、腐ることはなかったが生命の名残からは確実に色あせ遠ざかっていて、まるで変容してしまったかナニカに思えた。

 

 

 そんなことを思い出しながら、こうべをまた戻し、酒瓶を手に。転がっている猪口に酒を垂らし舐める。

 

 あの変容して色あせた細胞のように、僕の脳もアルコールに漬かりきってしまった。年のとった母親が、スーパーへ買い物に行くという。

 

「最近じゃ、お正月でも便利よねー」

 

というから、

「アルコールを買ってきておくれ」

 

と頼んだ。

 

 

 いや、実際つとに物忘れがひどい。海馬は最早完全にアルコールに浸かりきってるに違いない。簡単な形や音や匂いや言葉がすっと出なくなっている。

 

 記録しておくのも良いんじゃないか?

 

 と思った。

 

 パソコンの外付け記録媒体のように、どっか脳みそあたりがイカれてしまったら、覚えておける内に別の媒体に記録しておけば良いんないか?という塩梅でR。

 

と、いうわけで、ブログを始めることにしました。

 

 ってまあ、こんなふうにちゃんちゃんちゃんとやって、おっぺけぺと、覚えておこうとだらだらと。 まあ、そんな感じで今年は、このブログは適当にやっていこうと思う。