酒の井戸

アルコールの海に溺れながら考える世界のいろいろな出来事。または箱庭的な自分のこと。

面白い落語百選 ねぎまの殿様⑨

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 また雨が降っておりますな。雨音に誘われて窓をのぞけば、見えるのは向かいのオヤジのはげ頭ばかり也とな。この寒雨に似合わぬ、見事なお天道様でございまして・・・しっかしナニやってんだろうな。さっきから窓際でずーっと後ろを向いて何かやってるんだが。って、それが気になってあたしもこの一時間ばかり、引っ切り無しに窓をのぞいちゃあって具合で。いや、動かんなぁ。微動だにしない。・・ってのは言いすぎだが、座ってんのか立ってるのか。あと、書棚が見えます、それから箪笥か。一階だから、あんな開け放しちゃ往来から丸見えだろうが、てんで気にしないでやんのな。

 

 まあ、いろんな人がいるモンです。

 

前回の続き。

 

ytugatakewo.hatenadiary.com

 

 前回は、与太話だけ・・中身の無い文字を三千字かちょいと並べて、いい塩梅に酔っ払って寝てたもたと。もう、完全に飲兵衛のたわ言で御座いますから、翌日素面になって読み返す作業のまあ苦痛なこと。恥ずかしいこと。それでも、こうやってブログを書くのが生活の一部になってまいりましたから、日中、仕事の折節などに「今日はあんなことを書こうか」なんて、ふと考えるのがいい息抜きであり、また楽しみでもあります。

 

 皆々にはお目に見苦しいたわ言なれど、どうぞお付き合いの程よろしくお願い奉る次第で御座います。

 

って、えーと。

 

  さて、当時は封建社会でござーますから、士農工商なんて身分がはっきりと分かれていた。

 ・・・と、申しましても、江戸におきましては、その辺でボーダレスな活動も行われていたことは、前に少しご紹介いたしましたが・・・

 

 侍、武士だなんてのは、その中では一等お偉い。いわば特権階級で御座いまして、なかでも殿様なんてのは、特権中の特権。超ビップでございまして・・で、じゃあそのビップってのは一体侍のどういう人たちがどういう人達が呼ばれていたのかって、まあその辺。

 

 えーと。

 

 将軍、大名、旗本で、御座います。

 

あっさり。

それだけ。

 

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 んじゃあ、なにか?てめえはそのたった六文字の為に前回、あんないらねえ前口上を、だらだら吐かしゃーがったんか?っけ、いらねえ手間ぁとらせやがって、このすっとこどっこい。・・ってお怒りの向きも御座いましょうから、あたしもまだ酒の量が足らぬと見えて、正気を保っているので、もう少し解説をば申し上げるといたしましょう。

 

 将軍

 

将軍とは何かってのは、皆々様ご存知ハガケンジさんです。誠意大将軍と申しまして・・ってちとねたが古いか。年がバレるな。違う。

 えー、日光東照宮に今も神として祭られまするは、徳川家康公を始祖と為さるお歴々の事でございまして、当時、行政上の日本のトップであったことはいうまでも無いこと。

 十五代続きました。因みに、家康直系は、いろいろ解釈や意見がありますが、八代吉宗・・あの暴れん坊ね。・・を御三家紀州藩から招いたところで、途絶えます。因みに、吉宗さんは、家康さんのひ孫。

 

大名

 

大名ってのは色々ございますな。

 

旗本

 

 世に旗本八万騎とよばれた徳川家の原動力で御座います。将軍と直接の主従関係にあるもので、知行一万石以上を大名と呼び、それ以下を旗本、御家人と呼んだと。つまり、給料の高い低いで色々ランクが分かれてくる。じゃあ、旗本と御家人てのは一体何が違ったかてえと。旗本ってのは、旗の本にいる人。ってそのまんま。旗ってのは大将のことです。合戦のとき大将の周りにいて、これを守った人。この場合、大将ってのは徳川将軍であることは言うまでも無い事で。まあ、合戦のとき大将の首を取られたら、負け戦ですから、これに一等信用ある家臣を控えさせとくことは想像だに難しくない。御家人てのは、そこまでは信用度が足りない。お前らああせいこうせいと、色々言われて、「はは」「はは」と、あっちゃこっちゃ飛び回る役目。戦乱の世が終わって、平安太平の世になってからも、そのあたりは変わらない。旗本は将軍様にお目見え出来ますけども、御家人はかよう願い遣わすことは、相成らんと。この差は、現代の感覚では少し理解できないことかもしれませんが、当時名誉や誉を重んじた武家社会においては、主君にお目見えできるかできないかってのは、精神的な面で大きく差があったと、想像することはできましょう。

 

 当然給料も大幅に変わってくることは言うまでも無い。

 

 幕臣は、・・いえ今のサラリーマンでも同じかもしれませんが、まず基本給がありまして、それから何々の役職につくといった手合いで一々手当てがもらえた。当時この基本給は大変安く、到底こればかりでは生活できませんから、この手当てが当てになった。当然、旗本のほうが御家人よりいい役職を斡旋されます。手当ては多いです。

故に当時この役職に就けない侍は、色々と副業、サイドビジネスによって日々の小銭を稼いでいたので、あります。

 

 俗に傘張り浪人なんて言葉が御座いますが、浪人なんてトンでもない。正規に雇用されている侍ですら傘張りってのは、良いサイドビジネスだったようです。また、子供たちを集め素読の指南って、てらこやみたいなことをやったり、売卜(ばいぼく)・・要するに占い師ね。金魚や朝顔を飼育いたしまして、売るってのもあったみたいで、旗本ってのは今の東京では想像できないくらい広いお屋敷敷地が御座いますから、そこで畑を営み、なんてのもあったみたいです。

 

って、「江戸サイドビジネス考」では無かろうに。随分枝葉が広がったな。

 

 違うよ。あたしが。

 

 そうだ、だからあたしは、そうだから。えーと、要するに、このねぎまの殿様という話を考えてみたところ、この主人公の殿様とは、恐らく旗本ではなかったか?とと、そう申し上げて。。。。

 

 あーもう今日はだめだ。呑みすぎた。っはー