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酒の井戸

アルコールの海に溺れながら考える世界のいろいろな出来事。または箱庭的な自分のこと。

病人に接する時に、一番心がけてほしいこと。

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病人がテーマのブログにはいささか不似合いな始まり

 さささ、さあさあさあ出ござんす。

 

 さあ本日も、せっせせっせと体内に、こうアルコールを注入いたしまして戯言のような言葉を、まあ毎度さん。吐き散らかしていこうってなモンやで女将さん・・・おナースさん・・てぇ段取りでレレレのレと。

 

 しっかし。考えてみればあの レレレのおじさんてぇ人は、ああやって箒を使ってせっせせっせとやっておりますけれど、ありゃ往来を掃き清めているのではない。粉塵、埃、ちりあくたを、再度あらかたかき混ぜて、舞い上がらせているのでありますから、まあ近隣住民としては、たまったもんじゃぁ無いでしょうな。言うなればダストモンスターと。しかも、あまつさえそれに「お出かけですか」なんぞ、いらん言葉を添えて吐かしゃあがるから、なおのこと始末が悪い。

 

よかれと思う罠 

 

 「親切心から出る迷惑」

 

 というものが御座いまして、例えばあたしはアトピーを患っておりまして・・・最近じゃぁちょいと具合もよくなったのだが、まあ、数年前までは本当にひどい有様だった。いえ、これが天下の往来を向こう勝手に歩き回るなんてのが、到底・・・。いや本当に、自分の面体を鏡に覗いて、腫れ上がった顔や、朽ち崩れ落ちる皮膚が、そりゃあ嫌で嫌でたまらなくってですな。それこそ頭巾をかぶって道の端、電柱の影なんぞをこそこそと。人目を避けて歩って、たまさか思い間違っても道の真ん中を、歩けよう道理も無い・・なんて。

 

 おおよそ、あたしは、自分の一生はもう棒に振ったのだろうと、半ば本気で考えていた時期が、そう御座いました。

 

 そういう時期に。あたしんちの実家ってのが、接客業ってぁやつで、両親二人で細々とやってるつまらん商いでは御座いますが。そのお客様方が、皆々様、あたしの惨状を聞き入れ、いろいろな療法、メソッド、なぞを。いえな、断らんでもなく、皆様善人大衆で御座います。

 

そう言った方々が、善意、親切心で

 

「あたしの、甥がひどいアトピーで苦しんだけど、この方法でテキメン、良くなった」

 

とか、無遠慮に言ってくるわけなんですよ。

 

 いや、しっかしアータ。その人は、その人随一のアドバイスを言ってるつもりかもしれませんがね、皆々様、全員でありますから、いろはしじゅうはち。四十八人どころじゃなく、数多たる面々から、そのテキメン随一なるメソッドを数多と頂戴仕っているわけで。

 

「そんなん、全部ためせーねーよ」

 

と。

 

 あとな、「おまえらこのビョーキの事をなーんも知らん輩が偉そうに言うことなんぞ、こちとら、そんなんとっくに調べてんだよ」・・てのもある。

 

「・・・いまさらそれかよ。ためしたよ」

 

みたいな。

 

 

とにかく面倒くせーんであります

 

 

 一番最悪な例

 そういえばいつぞやは、忘れもしません。今時分、時期は少し外れますがが、暑い夏のさなかで。

 

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 耳に覚えるのは降りしきる蝉時雨。やんやんと照る太陽の日がまあ煩い昼の。・・あたしは、その時、勇気と言うか。・・そんな体ではないですがまあ、少し心を決めて表へ出てみたのです。ずっと引き篭もっておりましたから。いささかの戸惑いを抱えながら・・まあ、顔頭巾とまではいきませんが、昔の自分と照らしてナウいヤングとかこつけて、半そでシャツでしゃあしゃあとぶらつきたい一心を、心の奥に閉じ込めて、悲しいかな。手首まで隠れる長袖の、Tシャツを着て歩いておりました。延々と照る日の下で、しかしあたしには汗の一滴も出ないのであります。体はがさがさに乾燥しまくり、悲しいかなその時分、おそらく体温調節機能すらバグっていたのでありましょうか、長らく寝込んだ故の自律神経辺りの不具合か。むしろ、四十度と熱した気候くらいが、それくらいが丁度良く暖かかったのですよね。腫れ上がった皮膚面下に熱がたまるからか、よく知りませんが。

 

 しっかし、その時分の自分には、そんななり姿で往来をあるかにゃならん自分が一層悲しく。空しかった。

 

 久方ぶりに寄った本屋で。雑誌をめくりパラパラと。そいから電気屋へ行こうと、また往来の隅を歩きます。

 

 と、その時・・

 

「あら、あんた、あーかわいそう」

 

と、声が聞こえまして、「なんぞ?」・・・と、立ち止まり振り返ると。年のころなら五十も過ぎたおばはんが、立っているじゃあーりませんか。

 

 あたしの顔、首などをしきりに覗き込みながら。

 

「あーかわいそ。あーあーあー」

 

と、呟いております。

 

 そいで、あたしが

 

 「いや、えー・・・」

 

 と、返答に窮するに

 

 なお、

 

「かわいそうねえ」

 

と、仰います。

 

まあ、そうだろうな。この面体だし、確かに傍から見りゃかわいそうだわ・と、思いそのまま立ちすくんでいると、

 

「あたしが良い方法知ってるから」

 

と、まあ、聞くに及ばない何時ものやつかいなと、「あーいや・・」なんて、暗曇たる返事を返すなり、血気盛んなる古女房は・・古女房?どこぞの亭主の古女房ってね。・・まあ、その奥方は。

 

「しずかにつ!!」

 

とピシャリ。

 

「はいっ!!」

 

っと。あたし思わず、最敬礼。

 

それから・・。

 

 そのオバハンは、如何にあたしがカワイソウで、故に苦労人で、惨めであるかと説き聞かせます。

 「ばかにするない!」

 と、向こう面をひっぱたいて追い返しても良いモンですが、当時はこう衰弱しておりますから、はあはあと惰性で頷いていると。

 

 そのおばさん

 「よし、あんたには良い方法がある」

 なんて申します。

 

 どーせナンカよくわかんないけど、今更なナントカ水か、サプリか、石鹸だろ。と、そのおばハンの、右肩から垂れ下がるやたら分厚い黒のショルダーバッグを、見い見い「こっからパンフレットでも出しやがんだろ」なんて、思っていたところアータ。

 

 そのオバハン。突如両手のひらを体の正面、丁度胸の辺りに持ち上げ、それを合わせ印を結び。あたしにはよくわからんが、なんと呪文を唱えだしたではないですか。ハナモグラだかなんだか知れんが、なんだか一生懸命やっている。

 

 「な、なんぞ?」

 

 と思いながら、あたしも勢いに流され仕方なし付き合います。

 いかにも形ばかりの神妙さを繕いながら・・・

 そのオバハンの こうべを垂れ、結んだ印に一層の力を込め祈るその人を前にして、最初、あたしは「ああ、俺の病気はこんな人を呼び寄せるほど酷くなっちまいやがったか」なんて、半ば自嘲的に、喉の奥で笑いすら浮かべたものですが、やがて、それが数分と時間を。そうするってぇと、炎天下に刺す光線が、またあたしの皮膚を焼くのであります。上に述べたように、その時分のあたくしは、どうも体温調節がイカレていたらしく、温度を感じると言って、常に冷え冷えとしておりましたが、しかしあのサンサンたる太陽の光線は、確実にあたしの皮膚をじりじりと焼き、その熱い・・いえ痛いこと。それでイライラしている内に、耳を貫くやんさと騒ぐ蝉時雨で。

  道行く人はまた、こう不可思議な印を結びなにやら一心不乱に唱えている初老の女と、それに相対するいかにも不健康な男の組み合わせを、さも物珍しく横目で眺め通り過ぎます。

 

 みじめでした。

 

 でも

 背中に浴びる蝉時雨、肌を焦がす灼熱の火と人々の好奇なまざしにさらされながら、一心不乱にあたしの為に祈りを上げる彼女の姿は、

 

「ことによると、僕よりこの人のほうが重症なんでは??」

 

と、、思うに相応しいものでございました。

まとめ

 ・・・いえ、これは嘘みたいなホンマモンのノンひくしょんで、あたしの体験談でござーますが。いささか極端であることは否めない。でも先にあげた「あたしの親戚がこれで直った」だとかそういった人々も、善意でありながら、また我欲であり、そして迷惑千万と言う観点からは件呪文おばさんと、本質的には全く代わりが無く、ほんと、病める者からすれば・・いわば極限状態ゆえに心が荒んでおりますから、善意より相手の我欲のほうが、透けて見えてしまうのですね。

 

 しっかし、無私の善意などは存在しないと、あたしは考えます。

 善意とは常にワタクシゴコロから、発生するのではないでしょうか?

 そして、それが良いことであり。

 しかし、問題でもあるのです。

 

 

 ゆえに・・

 

  かよう善意と言うものは、うっちゃって吐きつける痰つば程度の悪意なんかより、より一層丁寧に扱わんとならんのですけれど、しっかし世の人々の中には「善意なら何でも良いもんだ。きっと相手の為になるだろう」などと思い込んでらっしゃる向きがいて、それで相手に嫌がられようでもした日にゃあ「ああ、あの人にはあたしの心が伝わらなかった。なんて不誠実な人だろう」などと、盛大に嘆きます。が、そりゃあんたはんの善意が、相手にとって迷惑以外の何物でもなかったってぇ・・ただそれだけなので御座いまして。

 ですから、皆々様も、家族、友人知人変人と、多い少ないは別にいたしても何がしかのつながりは御座いましょう。それでその中に、一人くらいは病に倒れ付し苦しみあがいてる方も居りましょうが、どうぞその人と付き合うときは、自分がその人にとって良いだろうと思うことではなく、相手が今望むことを第一義に考えてほしいと思うのであります。

 

 ゆめゆめ、あたしの言霊からなる念力霊力で今ここに神々を光臨させ奉り、この者にとりついている病魔めを調伏せんっ!!等とは、思い召されぬように、どうぞお心がけの程、お願い申し上げる次第で・・・

 

って

 

 ・・いえね。これは、皆々様に善意の心を砕けさせ「・・・そうか善意なんて所詮は意味なきことかな」などと、そういったことを申し上げているのではないと、そういった事ではないと念に念を押して申し上げたいのであります。

 

 まあ、要約すると、「過剰な善意は、受け手のキャパシティーを超えてしまうが故に、受け手の状態を察して、あんまり過剰な押し付けは止めたほうが良い」と、そうまとまるわけです。

 

 ではでは

 

 

 なんぁ、読む人が呼んだら重たい内容かもしれませんが。どーもすいません