酒の井戸

アルコールの海に溺れながら考える世界のいろいろな出来事。または箱庭的な自分のこと。

灰色の溜まった街で お上りさんケンブン禄②

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 三分間のポップソングが鳴り終わっても、街のざわめきが止む事はない。音楽プレイヤーも、すぐに次の曲を再生する。ブルックリンファンクエッセンシャルズ クール・アンド・スタディ・アンド・イージィ

 

 


Brooklyn Funk Essentials - Take The L Train (To Brooklyn)

 

 新宿駅十五番ホーム。エスカレータを降りながら目にするのは、広告や注意書きといった尽きることの無い自己主張。

 

「あれが良いよ・これが良いよ」

「あーせい・こーせい」

 

 ホームへ出て、外を眺めるとやはりそこら中に宣伝文句が並んでいた。

 

 遠くブルックリンの地下鉄をサンプリングしたイントロから始まるこの都会的に洗練されたジャズサウンドを聴きながら、かの地のアーバン文法と、この街に広がるこの景色を想い比べてみる。もっとも僕は、ブルックリンを知れないのだけれども。

 

 ただ、映画で見るブルックリンは、もっと茶色で落ち着いていたような気がする。こんなに何でもかんでも発信していない。

 この新宿は世界で最も情報過多な街なのかもしれないとふと思った。

 

 かつて当たり前に暮らしていたこの街の、この、混沌と・・あまりに混沌とした・・・各々が身勝手に主張するだけの看板の集積の前に久しぶりに立って、うわっと身を三歩引きたいような気分になった。

 

・・・・・調和も何もあったもんじゃない。

 

と。

 

 自己主張が・・。

 

 目立とうと思い、目立とうとするあまり主張過ぎるそのけばけばしい色彩は、かえって同じことを考えている周りに埋もれ、全体、混然一体とした灰色の濁りをなす。絵具を混ぜすぎるとやがてよどみ濁るに・・すべてが無意味なもののような印象をかえって僕に与えた。

 

 脅迫的なまでに自己主張を続けなければ生き残れないと。せっつかれているようなこの街のアーバン文法は、はっきりくっきりとそのような印象を与え、そしてブルックリンの地で造られたこの洗練されたサウンドが、より一層、僕にその印象を強く与えた。

 

 不意にウオーの『世界はゲッドーだ』を聴きたくなって、プレイヤーをいじくる。


WAR ~ The World Is A Ghetto

 

 メロウでそれでいて力強い黒人独特のサウンドが、戸惑いにくれた僕を慰めてくれた。

 

 捕らわれている。誰もが、この街で餓鬼的な脅迫観念の元、今日や明日にとらわれて・・いやそれは当たり前のことなんだ・・仕方がない。みんな生活のことで精いっぱいで・・・それはわかっている。ただ何というか一抹のむなしさが・・・「多くの情報が自由に氾濫するこの街が、もっとも不自由である」なんてそんな思いすら抱きかねない僕の目の前に、ようやく電車が到着した。

 

 逃げるように飛び乗った。

 

 

仏教思想のゼロポイント: 「悟り」とは何か

仏教思想のゼロポイント: 「悟り」とは何か


 という本がある。


 著者の魚川雄二さんは自らを仏教徒ではないと公言しながら、ミャンマーの瞑想センターに籠り、日々瞑想修行の研鑽を積み、ときおり著書を記している。

 

 数年前から仏教本に触手を伸ばした僕の好奇心が感電するくらいこの本は面白かったし為になった。この本を読んだ当時あまりにも面白すぎてミャンマー熱が過剰に。それを放熱するために方々で「ミャンマーミャンマー」と言っていた気がする。

 

 「ねえ、ミャンマーには修行ビザってのがあるらしいよ。僕も行こうかしら・」

 

 「ミャンマーってさ、日本と違う仏教があるらしいんだ。面白そうだよね」

 

 「ミャンマーってさ、変な名前だよね。弱った蛇みたい」

 

 「猫がミャンマーって鳴いたら、それは鳴き声のうちに入るのかな?」

 

 「あああ、ミャンマー行ってみたいな」

 

 「ミャンマー!!」

 

 「はい、ピザー屋です。ご注文をどうぞ。ミャンマーを二枚・・・えっ違う?ピザを・・ああ、そうですか。マルゲリータミャンマーサイズを・・・すみません、間違えました。ミャンマーですね・・ただいま当店のミャンマーをご注文されたお客様に限り、ミャンマー産のシーフードのスペシャルトッピングを、ピッツァ的な塩梅でサービスするというサービスがミャンマーです・・ですよね店長・・あーただいま了解しました」

 

 

 3

 

 高田馬場paと待ち合わせをしている。ミャンマー熱に浮かされた僕に、「ミャンマーに行けなくても、ミャンマーはあなたの隣にあるよ」と、コピーライターよりも早く裸足で逃げ出した感のある付き合いメッセージを送ってくれたpaの勧めでミャンマー料理を食べに行くことになっていたのだ。

 

 捕らわれた世界の灰色と、はばたく空想。

 

 僕はいまどこにいるの?

 

 東京は世界中の料理が食べられるし、世界中の音楽が聴けるし、世界中のアートに触れられる。それ自体は良い事なのだが、その反面情報過多になりすぎて、混沌が幅を利かせてしまう・・という悪点もあるのだ・・・と思った。

 

 僕は今山手線に乗っているのです。

 

「次はー高田馬場高田馬場ー」

 

と、鼻にかかった車掌のアナウンスが聴こえた。

 

 paからのメッセージが届く。

 

 「ごめんいま池袋。少し遅れる」

 

「わかった。改札んとこにいる」と返信。高田馬場に降りるのは実に何年ぶりだろうか・・・記憶を辿ろうとしても遠く難しいくらいの昔も昔。

 

 ヘッドホンからは映画『ブエナビスタソシアルクラブ』のサントラ。


Buena Vista Social Club - Chan Chan

 

遠い遠い昔話を歌っていた。