コトバ 風物 ジッタイ

ゲンショウの海に溺れながら考える世界のいろいろな出来事。または箱庭的な自分のこと。

いるいないの交差点  お上りさんケンブン禄6

  

  1

 

 山手線外回り。池袋を過ぎると街はとたんに落ち着いて見える。13時過ぎの電車は、人もまばらで過ごしやすい。横並びに座りながら、『チャージマン研』という1974年に作成されたテレビ漫画(アニメーションというよりテレビ漫画と言ったほうが相応しい)の話をしていた。

 

 


Chargeman Ken OP full (チャージマン研! OP フルヴァージョン)

 

 「ねえ、B級作品がB級としての味わいなんてのを持ってたのってさ、80年代か、・・せいぜい90年代くらいまでじゃないかな。2000年代になると、コンピュータが進歩しちゃってどうもね・・ほら、新海誠が『ほしのこえ』って作品を造ったのが2002年じゃん。ほとんど独力であんな素晴らしいクオリティの作品を作り上げて・・・要するに少ない人員少ない予算でも、造ろうと思えばある程度のものが造れる環境になって・・ゲテモノ食いみたいな、ダメ映画のうま味は薄くなったような気がする。

 その代わり、そこそこの・・もっともつまらない水準のモノが増えたようなね。」

 

 それから、話は弾んで、僕の着ていた『悪魔のいけにえ』のTシャツ。テキサスチェーンソーのレザーフェイスの話しに話題が移って、それからそれからと、話が転がって、気が付けばあっという間に上野に着いてしまった。

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www.mumbles.jp

 

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 大昔、浅草橋に住んでいたから、上野あたりなんか庭でございと我が物顔で歩いていた時期があったが、実際に降りるのはかなり久々の事で。だからたかだか銀座線に乗り換えることすら満足にできずに、迷ってしまった。

 判っていないことを判ったつもりになっているのが、一番危なっかしい。すこし怪しいなと思った時点で、謙虚に看板なり案内なりを見ればよかったのに・・・。

 なぁに、そこを曲がればすぐ見知った景色にまた出るさ・・なんて武士の商法的に漫然と構えてずんずん歩いているから、間違いが間違いを呼ぶ。

 

 ぐるっと一回り・・かなり遠回りしてようやく銀座線の入口へたどり着いた。さっき出た改札の目と鼻の先。まったくバカバカしい。

 

 paがトイレへ行きたいと言ったので、一人でポツンと上野の街を眺めていた。

 

 東京では、台東区と新宿区とちょうど半々ずつ暮らしていた。最初に浅草橋に住んで、それから西新宿のほうへ仕事の関係でやむなく越した。新宿に越してみると、すぐに浅草橋や台東区の街並みが懐かしく恋しくなった。機会があれば、さっと時間を逆戻りして、元のさやへ戻ろうなんて常々思い暮らすうち、とある切っ掛けを経て、時間の針を逆戻りしすぎたようだ。気が付けば東京の生活を捨てて古里へ戻っていた。以来ここいらと地縁を結ぶことがかなわない。

 

 しかし、今こうして眺めてみても、このあたりの街並みはゴミゴミシテいないし、気取っていないからホッとする。が、それでも、この街で、僕はもうよそ者なんだなと、さっきさんざん道に迷ったことを思い出して、ふっと思う。

 

 別に田舎に帰ったことを後悔しているわけではない。が、例えばあのまま東京に居残ったのなら・・とよく思うのだ。未練がましいのかもしれない。

 うじうじして男らしくない?

 

 でもつい考えてしまう。

 

 ありとあらゆる局面において、同時多発的に発生する人生の分かれ道。今選んだコレでない別の何かを選んだ自分が仮にどこかのパラレルワールド・・世界線にいたとして・・なんて空想を。

 

 あの当時この街を離れて新宿方面へ居を移す選択をした僕に対して、この街に踏ん張ってとどまることを選択した僕が、どこかの異世界にいたとしたら、その僕は今も僕の眺めているこの景色を我が物顔で歩いているのだろうか・・と。

 

 今の僕が踏むことのない僕の足跡を、どこかの僕はぎゅっと踏みしめてまた違う明日を歩いているとしたら・・その僕はもう僕じゃないけれど。

 

 僕は彼のことを思う。

 

 僕の手に入れることのできなかったナニカを手に入れた彼は・・・

 

 しかし彼もまた失っている。

 

 ・・だろう。

 ・・・・・筈だ。

 

 彼が手に入れなかった未来を、僕が手に入れている可能性だってあるのだ。

 

 仕事に追われ、ふっとこの上野の街で遠く空を見上げる。彼の眼にはずっと向こうにある見えやしない新宿のビル群の麓で働く仮の自分の姿や、そのさらに向こう・・・山をいくつも超えた果ての、今この僕が暮らしている故郷で汗を流している・・面白おかしくやっている筈だった自分の・・そんなかつての可能性の先を夢見たりしているのかもしれないのだ。

 

 選択するということは、それ以外を選択しないということを、選択することだ。

 

 ナニカを取った分、ナニカを捨てている。

 

 そしてその時はそのナニカが、実際に何であるかなんて事は、わかりやしない。それはずっと時間が後になって、気が付いたりする。

 

  無限の未来なんて、ありっこない。

  世界は常に取捨選択され続けているのだから。

 

  3

 

 ふっとその時、昔読んだsf小説の事を思い出した。

 

 その物語はよくありがちな、つまりビジネスで成功をおさめ美人のワイフとよくできた子供に囲まれて、はたから見れば幸せな生活を営んでいると認識されている四十過ぎの男のお話で。

 

 例えばこんなシーンがあった。

 

 パリッとしたビジネススーツを着ている。地下鉄を降りビジネス街をさっそうと歩くと、出勤時間、同僚のリチャードが「おはよう」というよりも早く肩をたたく。

 

 

(彼は、幸せそうな家庭を持ち成功している風な外面を保っていたが、実のところ悩みに暮れて毎日を過ごしていた。)

 

 振り向いてリチャードの顔を認め、彼は努めて明瞭な快活さを装いながら、「いやあ、今朝ワイフに怒られちまったよ。コーヒーに入れる砂糖は二杯までだってね。・・五杯も入れる俺の舌は完全にマヒしているだってさ」なんてくだらない冗談を交わした後、足早に横並びになって今日の取引相手とのミーティングを始める。彼は、リチャードが好きだった・・と言ってもホモではない。ただ生活はもはや破たんしていた。結婚生活はもはや義務でしかない。ワイフとは長くセックスレスで、関係性に情熱や刺激はない。

 

 本音を言えば、何もかもに疲れてしまっていた。飽きていたといってもいいだろう。ビジネスは状況の展開が速いから、それでも、いくばかの慰めにはなるが、それも含めて全てにおいて倦怠感に包まれていた。                               

 午前の商談はおおむねプラン通りにいった。おおよそこちらのペースで物事は動いている。かなり有利な取引が出来るだろう。・・ 昼食を抜いて報告書を作った。十四時を過ぎたあたりで「あとは俺が詰めとくから、ランチでも行けよ。少し遅いけど」と、リチャードが勧めてくれた。

  わるいなと、断りを入れて彼は上着を羽織る。セキュリティカードを照らして表へ出ると、外の空気は大都会なのに妙に澄んでいるような感じがした。歩きなれた街を歩く、見慣れた景色を、見ることもしない。いつもと変わらない、いつもの景色がそこにあると、彼は知っているのだから。

 

 しばらく歩いて、ふっと彼は目の端に異物を認めた。それは変わらない、見慣れた光景によくいるモノであったが、その時の彼の眼、いや、思考は、なぜかそれを異物―見慣れないモノ―として捉えた。

 果たしてそれは、公園の廃棄物をあさっている一人のホームレスであった。 

 

 その物語によると、ありとあらゆる次元のパラレルワールドは実に複雑怪奇な多重構造な実相をもって入り組んで存在している。

 決して交わることのない別々の平行線・・なのではなく、めいめいの世界線がひっちゃかめっちゃかに交差しているがゆえに、同じ場所、同じ時間に、別々の運命を辿った複数の自分がまるで他人のように接触することもあり得るのだ。

 ・・・だから、例えば今こうしてすれ違う僕と君は、一見同じ世界線に上いるようだが、実は複数の世界線の交差した地点でたまたま接触したに過ぎないのであって、だから君はもしかしたら、僕のなりえなかった僕であり、本当の僕であるかもしれないと、主人公の男はホームレスに告白し、そして彼は君と僕の人生を交換したいと提案する・・・そんな話だった。

 

 無論、本当の僕なんて概念はぞもぞも存在しない。色即是空・空即是色。物事は常にソウタイテキな影響・・響き合いの下で変転を繰り返し一時たりとも確定された形など持ちえないんだから・・・なんて事を仮に考慮したとしても、そのSF小説の仮定はなかなか興味深い。

 

 ぐらっと歪むように・・街が妙に遠ざかるように見えた。あれこれと歩く老若男女の人ごみが、まるで無限の可能性にあふれていた僕の、かつての僕から派生した別の世界に存在する誰それのようで・・・万華鏡をのぞいているような気分になったからだ。

 

 

 皆が皆ナニカを失い続けて、そしてナニカを得たと思い込んでいる。

 

  そして本来あるべきだった僕なんてどこにも居ないまま、仮のままのこうやって今現在から派生した自分が続く。

 また無数に枝分かれして、失って。

 

  大好きな歌を口づさむ。

 

 「ここに今僕がいないこと誰も知らなくて、そっと教えてあげたくって君を待っている」

 

 

たま 『電車かもしれない』

 

 

 

 

 

 「おまたせ」

 

 とpaが言った。

 

 

 「あっちだよ」

 

 と、さも知った顔で銀座線の乗り口を僕は指さす。

 

 ねえ、僕たちは同じ世界に今いるのかな?

 君のいる此処に、僕は今いるのだろうか?

 

 「あっちが・・・電車かもしれない。」

 

 


たま~電車かもしれない