酒の井戸

アルコールの海に溺れながら考える世界のいろいろな出来事。または箱庭的な自分のこと。

残暑に思う ① 夜

空には上弦の月。雲が動いて。妖しく風が吹くのは、何も嵐の前触れと、そう決まったものではない。こうやって平静、秋に差し掛かる夏の終わりのような日に、空はいつも慌てる。

 ラム酒をソーダで割ってそれで一杯やって、心持もよく。それで興にかまけて誘われるまま表へ出ると、妖の空は総体、上のような塩梅であった。右に持ったグラスを幾たびか口に運び啜るうち、心は揺れて、体もまた幾らか波打った。

 

 幾分焦点の合わない視線を無理やりと、こう正面に見据えて、草草を見る。風はまだ空中はずっと上のほうでのみ騒いでいるとみえて、まだこの地上の諸々にまでは、降りてこない。いたって静かである。青々としたクサさが鼻先に付いて、成程、もう秋なのだろうか、鈴虫の音が聴こえた。

 

 確かにこの頃、随分過ごしやすくなった。昼の日中は変わらぬ暑さや強い日差しにいささかゲンナリさせられるけれど・・・いや、それにしたってあの盆まえの、猛暑だなんだと言って煩わしいくらいに纏わりつくあの果てしないくらいの暑さは、とうに過ぎ・・和らいだ気がする。

 

 さて、残ったのは何であろうか。

 

 先だって、「アスファルトに落ちた蝉の体。崩れて、未だ暑さに滲む。台風が行きつ戻りつを繰り返して、優柔不断なまま、この国の空は落ち着かない。」と書きつけてそこから千字ほど。そのまま捨てた一文があった。時節を書くことほど難しいことはない。嵐の話は、嵐が過ぎればとたん色あせる。ついつい惰性にかまけていると、それで取り残される。瞬く間に。最初に言葉が失われ、記憶も失われ、もうその頃には季節が変わっていて、とうに過去の話。

 何も残っていない。

  

 嫌と言うほど目にした蝉の死骸も、もう最近ではトンと目にしない。あれは何時何某かが片づけるのであろうか。まさかアスファルトの地面に吸収されるわけじゃあるまいし。