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酒の井戸

アルコールの海に溺れながら考える世界のいろいろな出来事。または箱庭的な自分のこと。

魍魎はびこる黄昏の・・前の不思議な事

日記 江戸文化

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 いや、夕刻。確か十七時を僅かに越えた辺りだったでしょうか。この頃は日の落ちるのもめっきり早くなりまして、もう薄ら暗い空に。あのな、鴉が。群青色の空にあの黒い黒い鳥どもが、こう何十羽と飛び乱れていたのであります。その妖しい事。それは魍魎どもか、魑魅、妖の類が、今、たちどころに現れんといった、まるでその前兆かのような狂いようでありまして。いやはや、あたくしは、帰宅途中のバイクを留めて、見入ってしまったのであります。いや、見入ったというより魅入られたと言ったほうが正しいか。とにかくしばらくの間動けずに、じっと空を。それからややあって、はっと我に返り。ああ、こんな奇妙な空を見るのは、めったにない事であるしぜひ写真に撮ろうとスマホを構えた時には、もう遅く。大勢は四散し何処かへ飛び去った後。僅かばかり残った群れが、声もなくまるで静かに電線の上にじっと停まって、休んでいたのであります。

 

それが、件の上の。

 そういえば大好きな鏡花の、彼の随筆に『黄昏』という僅か五百と数文字の随筆が有ります。その冒頭にこんな一文が・・・。

 

 

 

 「ものの最も凄きは黄昏なり。魑魅妖怪。変化の類、皆この時に出(い)でて仕事に取り掛かる。恰(あたか)も遊郭(くるわ)にて娼妓(しょうぎ)が店に出揃ふと同じ時限と知るべし。」

 

 

  *1

 

 とあります。

 

 また別に・・これは出典を忘れてしまい覚束ない記憶の元、あいまいに書きますが。たしか柳田國男*2か誰かだったと思います。「黄昏」の解説に、その語源を「誰そ彼」に求めて、近くで見ても相手の顔が判別できないくらい薄暗くなった時だと解説しているモノが有りました。漆黒の闇に染まる前、寸前の、僅かな時。あいまいで明瞭ならぬ不確かな暗さですな。今時分ですと・・例えば現在十八時十二分、ちょいと窓から確認に顔を出してみても、最早あたりは暗闇で御座います。故にこれはもう黄昏ではない。ただ、先の鴉の騒いだ時間、これこの時は別に「誰そ彼」というほど、相手の判別もつかんというほど薄暗くもなかったが故に、またこれも黄昏時では無い。

 

 と言う事は、先の泉鏡花の「ものの最も・・」と語られた妖起きれば闊歩しだす黄昏時とは、一体何時いつなんじゃろ?と思うに大体今時分ですと五時半から六時くらいの間じゃないかなと、何となく漠然と考えて本日の講義はこれで終いであります。・・・本日の講義?答えも出ていないのに講義?ただ単の考察じゃろ。イヤ推察か。いえ、違うのであります。あたしは、ただ単にあの『アンタッチャブル』という映画が大好きで、主人公のエリオット・ネスがアル・カポネに法廷で「本日の講義は・・」って吐くところが最高にカッコいいよな!!って記憶が不意によみがえって釣られてしまっただけでして・・なんて惨めな言い訳をで文末を汚しながら、本日はこの辺りでおさらばドロンとさせていただきたいのであります。

 

 サヨナラ、サヨナラ、サヨナラ

*1:岩波文庫出版『鏡花随筆集』吉田昌志 

 

鏡花随筆集 (岩波文庫)

鏡花随筆集 (岩波文庫)

 

 

*2:

柳田國男 - Wikipedia