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酒の井戸

アルコールの海に溺れながら考える世界のいろいろな出来事。または箱庭的な自分のこと。

面白い落語百選① ー 『ねぎまの殿様』2

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 えーと、落語の話しって事で、前に少し書きまして。

ytugatakewo.hatenadiary.com

『少年少女落語全集』という本が面白かったというところから始まって、『ねぎまの殿様』という噺が一等面白かったと書いて、まあそのあらすじをといった所で、なんせブログのタイトルがタイトルですから、大体酔っ払ってて、書いていますからもう書けないくらいに酔いどれて、やめっちまいったってな塩梅で、まあ、今回がその続きになるんですが。いろいろな事をおさらいしながら、文章を書こうと思ってます。

 され、そんなんで・・ ぼちぼち、まあ続きをと。

 

 えー、江戸時代というものは、まあ非常に華やかな時代で。三百年という長きにわたって、まあ概ね平和であったと。いろいろな文化が栄えまして、非常に賑やかであったと。

 当時の江戸の町というのは、人口が大よそ百万人と言われ、世界中の他の都市と比べてもまあ随分、賑やかであったらしいとされております。

 

 江戸文化の花形というと、やはり町人、江戸っ子と呼ばれる人たちで、お爺さんの代から江戸に居る。三代続いて江戸に居なければならないってのが、江戸っ子の定義で。落語でも良く出てくる熊さん八っつぁんなんてのが、まあそういった面々。宵越しの銭を持たねえとか、火事と喧嘩は江戸の華だとか、非常に威勢がいい。鼻っ柱が強くってざっくばらんで。しかし人情味にあふれてて情が深いと。

 この人たちは、その江戸っ子って事を非常に大切にし、また誇りに思った。だから士農工商と、身分制度のある時分ですが田舎侍かなんかが少しでも偉そうにしていると、非常に馬鹿にしたそうです。

 

 「なんでい、このサンピンが」

 

 なんていって。

 

 お上の決めた権威にすがるしかない侍なんてのは、非常につまらない退屈な生き物のように思えていたんでしょうな。

 

f:id:ytugatakewo:20160130212209j:plainぶぶ、無礼者!!

 

 落語というのはそんな江戸っ子文化、庶民の文化でございますから、大抵出てくる侍は悪役で、『首ちょうちん』という噺がありますけど、「二本さしてるのがそんなに偉いか?」と、こう向かって何かってーと噛み付きます。

 それでも中には、世間知らずの殿様であったり、真面目一本気な御家人なんかを題材に、自分たちの常識と照らしてそれが如何に滑稽であるかとしながら、温かく描かれている作品もあります。

 

 例えば『目黒の秋刀魚』、『井戸の茶碗』なんかですな。 今回取り上げる『ねぎまの殿様』も、そういった類の噺であります。

 

  と。

 

 『ねぎまの殿様』

 さて。さるお殿様が、庭に積もる雪を見てああ非常にいいものだなと感じ入りまして、「三太夫、三太夫」と呼びます。

 「はは、これに」

 と、これに登場します田中三太夫さん。この田中三太夫さんってのは、熊さん八っつぁんご隠居、なんかと同じで落語では良く出てくるキャラです。年のころは四十後半からまあ五十手前といった辺りの、非常に官僚的な、真面目で融通が利かない。故に周りに振り回されるオイシイ役所。漫画と同じですな。漫画の場合は登場人物の顔立ちや服装が「記号」になっていて、大まかなキャラ設定をあらかじめ読者が察する事が出来る仕組みですが、落語の場合はこの熊・八・隠居・三太夫なんて名前が「記号」になってまして、演者はあれこれ余計な説明を省けますし、観客も物語の内容を理解するのがたやすくなるわけです。

 

 「昨晩は、よく雪が降った。実に見事である。これ雪見に行くぞ。馬の支度をいたせ」

 「ははー」

 

f:id:ytugatakewo:20160130205820j:plainもうちょっと、積もっていたと思いますけど・・

 

 本郷の屋敷を出ましてそこから本郷切通しを駆け、池之端中町とやってまいります。

 文京区は本郷という場所は、当時お屋敷がとても多く、例えば東京大学本郷キャンパス地には、かつて加賀三万石、前田家のお屋敷があったそうです。そこから切通し坂は湯島にあり、そこを経由して池之端中町と。これは上野は不忍通から一本中に入った辺りで、当時は庶民の町。距離にして大体1.6キロ、歩いても二十分かそこらでしょうか。馬ですとどのくらいでしょうか。馬は交通法上軽車両、自転車とかの仲間ですから、ざっくばらんに自転車で行ったとして十分とかからないくらいじゃないでしょうか。

  

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 すごいいい加減に現代のナビでなんとなく調べてみた。

 

  まあ十分少々駆けると、乗馬ってのはあたしもいくらか何度か体験した事ありますけど、まあ案外体力を消費するものなんで、殿様は若いからいいけど、アラ五十てなもんやの三太夫氏は、当然まかり間違い無くおじんでありますから、ああや嫌だと遅れる。原付と普通のバイクでツーリングするようなモンで、仕方ない少し待とうかと馬を止めた。そこに錦短円という大きな薬屋さんがありまして、その横に縄暖簾をしつらえて。安い店構えだが良い匂い、なんとも旨そうな香りがします。

 ちょうど昼時って事もあって、殿様、腹が減ってるところに誘い水。空腹に耐えられず。

 ようやっとたどり着いた三太夫。ぜえぜえ肩で息していると・・・・

 

 「あれへ案内いたせ」

 「いえ、あれは下郎の集う・・・」 

 「良い、くるしゅうない」

 

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 魔法の言葉

 この「くるしゅうない」って言葉は、当時殿様限定の魔法の言葉だったわけですけど。なんでも「くるしゅうない」で、まかり通った。でも殿様はそれで良くっても、下はなかなかそうは行きませんよ。お武家ってのは今と同じ官僚的縦割り社会ですからあれこれ規則が決まっていて、まあ例外を通すとなると結構面倒な処理が必要になる。

 当然、殿様もその辺は十分理解していて、だから殿様ったって何でもかんでも好き放題出来たわけじゃなくって、結構空気を読んで、家臣の内情を察して、大抵の事は我慢した。・・・けれど今回の馬駆けは、殿と三太夫の二人きりの・・内々のですから・・・御重役だとか面倒なやつらにばれなきゃ良い、三太夫が黙ってら良いだろと、「くるしゅうない」と出たわけです。 

 

 当時は、リストランってのは言うまでも無く、外食産業なんてのは非常に貧弱で。当然、居酒屋なんてのは無かったんです。しかし、酒ってのは家で飲むのも良いけれど、非日常的な、つまり外で飲みたくなるのが人情ってやつで。故に居酒屋の雛形的なものは有ったらしいです。いわんそれは煮売り屋、煮売り酒屋なんて呼ばれていて、表に縄暖簾をこうしつ掛けて、中は土間があって、そこでこう料理をして居りまして、大体鮮魚、刺身なんかは季節の一時のもの。普段は商品に出来ませんから、まあ名前通り、おすいもの、煮魚、鍋焼きなんて献立で。腰掛や机、また奥には座敷と。

 

 大体宝永年間にこういった煮売り酒屋が出来たらしい。宝永とは1951年から1964年あたり。将軍は徳川綱吉徳川家宣。メジャーな出来事はってぇと、綱吉さんがくたばって、あの悪名高い諸類哀れみ憐れみの令が廃止されたりしてます。あと、富士山が史上最後の大噴火。日本最大の地震宝永地震M8.4~M8.7)と、踏んだり蹴ったりですな。よかった事が諸類哀れみの令廃止くらい・・・犬をいじめなくって良くなった。

 

 あはは。やった!

 

 と、犬いじめだけが許されたって・・・。

 

 ・・・・・。この、『ねぎまの殿様』という作品が、江戸時代といっても三百年ですから、長い。その長い江戸時代のどの辺りを背景にして書かれたのか?と、気になって、いろいろと調べたんですがね、良く分からんのですよね。少なくとも宝永年間以後であることは分かる。煮売り酒屋が出てきますから、しかし江戸時代は、宝永から随分長いですよ。正徳、享保、元文と続いて、全部書き記すのははっきり言って面倒だから、省略しますけどはっきり言って、22も有りやぁがんの。まあ今の時代は今上天皇さまが崩御なされた折に変えるって按配ですがね、昔は折々、なんかよくない事があったら変えるとか、まあ縁起担ぎみたいなもんだから、言ってみりゃ姓名判断ですよ、いい字画の名前にしよう、こりゃぁ縁起が良いや。良い事あるよ!!って塩梅なモンで、まあアタシは奴が岳魚って筆名を決めたとき、画数を調べて一番最悪な名前にしてやりましたけどね。

 

 あははのは。

 

 ちょっと(かなり)酔ったので、また次回に続きます。

 

あ、ランダム再生してたスピーカーからサイモン&ガーファンクルの『冬の散歩道」!!今宵酒は信州は今井酒造店の美山錦でございました。このシリーズ(といってよいのか?)この酒造の酒は結構軽量で、案外すっきり飲めてしまう。逆に言うとちょっと量をいっちゃうと言うか。・・いや美味しゅうございました、冬の散歩道もいいよね。昔流行ったドラマ『人間・失格』なんてのは結構懐かしいし、あれによく冬の散歩道を持ってきたなとも思います。 けっこう楽しめたな。

 

では、後日。歳歳。