アル中ハイマー飲酒指南 その一 事始め
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アル中ハイマー飲酒指南なんて、まあ戯けた題を据えて書き出そうってなモンですが・・しかしね。まあお聞きなさい。酒飲みにも色々いるが、アル中ハイマーなんて人種は酒飲みの中では下等な種なので御座います。
あたしのお爺さんて人は、仕事が終わるとお婆さん料理を酒菜に一合の酒を呑んで、それでああ今日もうまい酒が呑めたと、それ以上は頂かなかった。後はお茶を飲みながら本を読んだりテレビを観賞したりしておりました。旅行が大変好きな人で、何処其処へと行ってはその地方の地酒をお土産に買ってきて、夜毎ちびちびと楽しんでおりましたが、こういう方が一等綺麗な酒飲みといえましょう。
もっともこれは母方のお爺さんの話しで。
父方となるとお察しのとおり呑むというより浴びるほう。銘柄はこだわらない。少しでも正気が残っておりますと「今日はどうも呑みがたらねえや」と、自ら進んで酒の海へ飛び込んで溺れに行くてぇ有様で、まあ始末に置けません。そんな祖父の血を受け継いだ親父も同じようにまた。そいで・・・どうも父方の血のが濃かったと見えてあたしと続きますから。
江戸っ子は三代江戸に居てこそ本物だなんて申しますが、そんなわけであたしは三代続いたアル中ハイマーの、いわば血統書持ちで御座います。
2
世の人というのは、酒がすきというとどうもアル中ハイマーのほうを想像するらしいですな。「あんたのお爺さんはとてもお酒が好きだったよ」なんて言われるのは、大抵父方に対する評でして、母方に対してそういった評価はあまり耳にしません。が、本当にお酒が好きだったのは母方のほうだったんじゃないかと、あたしは思います。極論を言ってしまえば、アル中ハイマーって人種は、別に酒でなくても良いのであって、溺れようが浴びようが、メチルだろうがエチルだろうが、手段方法は問いません。ただ体内に薬物である所のアルコールを大量に注入いたし眼前に広がる天外魔境の、おぼろげなる世界に入り遊び、また翌朝に帰って来るなんてのは・・・・
もっとも、翌日に帰ってこれるってぇ保障は御座いません。より深く深い魔へと落ちるのがアル中ハイマーの定めで御座いまして
「酒のない国へ行きたや二日酔い」
と、これは元々ドイツの諺らしいですが実に上手く訳したモンです。何処もかしこもアル中ハイマーは万国共通ですな。
「・・・また三日目に帰りたくなる」
なんて落ちがその後に続く。
3
本当の酒の楽しみ方、遊び方、付き合い方を知って、それを愛してらっしゃったのは、むしろ酒飲みと評されなかった母方のお爺さんだったのでありますよ。だが、悲しいかなあたしは。
高校の時分から飲み屋に出入りし(何十年も昔の話で、大目に見てください。なにぶん当時はまだゆるかったので・・)、以来酒を玩具に渡世を遊びぶらつき。・・・もっともあたしは、世の遊興人、遊び人といって思い浮かぶところの「呑む打つ買う」の三拍子、その内の呑む以外には手を染めなかったので御座いますが。
いえ。根が、小心者のケチンボでございまして・・・・
打つといって、博打に手を染めりゃあ・・いや、勝ちゃあ良いですよ。勝ちゃあ。 しっかし万に一つでもって事がありますからな。たまさかってぇ負けた日にゃあお前さん。銭から猿股まで剥がれて、お天道様の下素っ裸で放り出されるってぇ・・・とてもとても、今日明日の酒と言ってられる状況では御座いません。
これが江戸の弥次喜多、熊八の時分なら、話は違います。
熊 「すっちまったなぁ。」
八 「ああ、すってんてんだ」
熊 「しかたねえ。少し稼ぐか」
八「そうするか・・・・・おおう、ダンナ。ちょいと、もし、もし、其処のダンナ。随分荷物が重そうで御座いますね。
少しばかりあたしが・・・ちょいと担ぎますから、幾ばかか銭を弾んでください」
って、往来の人を捕まえて、荷物持ちでもすりゃあ僅かでも金になり、それで一夜の飯のタネ。酒のタネになったのでございます。
「金は天下の回り物」
だとか
「宵越しの銭はもたねえ」
なんて、当時の人らがしゃぁしゃぁと言ってられたのには、そんな仕組みがあったからなのです。今時分、そんな事をしようものなら、たちまち不審人物だ、けしからんって、お巡りさんが飛んできます。
ですから、あたしは超おどおどの、堅実型(アル中ハイマーな時点で、広い見識と聡明な思考を働かせて考えれば、畢竟、堅実ではないことががたちまち露見するのは置いといて)・・
「お、ポケットに五百円はいってるジャン。いっちょ博打で三倍にして少し遊山を楽しみますか」
ではなく
「お、ポケットに五百円はいってるか。ありがてぇ。じゃあビール二本買えるな。えっへっへ」と
そういう思考でございまして・・。
そいから、次の買うに関しましては、最早論外で御座います。
買うとは、つまりオナゴ、おねーちゃんを買うって事でございますが。
例えば、百畳敷きの広間に赤絨毯を広げまして、見てくれだけ繕った安物のソファーを並べます。その脇に小さなテーブルを並べ、ウイスキー、氷、グラスと用意しまして。天井にはカラフルな電灯が、赤や青や黄や紫と。そりゃあ、ちかちかと煩わしい位に瞬いてるてな・・・そんなどこぞのキャバレーなんぞに入って。
「いらっしゃいませー」
なんてベッピンさん。ベッピンさん。一人飛ばしてベッピンさんと、お出迎え。歓迎を受けますならば・・・
しかしあの人等はトンボでも捕獲しようかってくらい、揃って髪をクルクルと巻いておりますな。でも、ありゃあ何も昆虫採集をしようってんじゃない。あれで、あのクルクルで目を回さそうと企んでいる標的は、あたしら男衆で御座いますから、空恐ろしいもので御座います・・。
それで、そんなお姉さんのお酌で酒を頂くってなぁ。まあ、悪いもんじゃないですよ。悪いもんじゃないけれど、向こうも商売ですから、
「アラちょいとお兄さん。さっきからあんた一人で呑んじまって。アタシにも一杯おごっておくれよぉ」
なんてぇせがまれますと、先に書いたようにあたしは底意地が汚い酒飲みで御座いますから、顔には出しませんが、心内で
「この人におごる金で、一杯でも多く呑めたほうが・・・」
と、小せえ小せえそろばん勘定を始める始末。
あたしには、他人様に酒をおごる楽しさが分からないのでありますよ。
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まあそんな訳で三道楽の内、酒を唯一つの道楽と頼んでこう遊び暮らして、まあ随分と年月を。・・年月の流れに侘び寂びなんてえものを感じる年になりまして、吐いた言葉が「アル中ハイマー飲酒指南」とな。
しっかし、上に書いたようにアル中ハイマーってのは、酒飲みの中では一等下等な生物。下の下。言うなれば酒との付き合い方を間違えている輩で御座いまして・・ええ、無論例に漏れずあたしもそうでありますから、それが言うに事欠いて酒の呑み方を指南するたぁ、まあ顔じゃない。厚顔無痴の極みとタワケた出鱈目を始めたもんだと、我ながら自分の図々しさに、半ば呆れ感心するほどで御座いますが、皆々様におきましては酔いどれのたわ言を、反面教師と見るなり、見世物と思って眺めるなりお好きなようにお楽しみくださいまし。
では、本日はこの辺で。
追記
続き書きました