酒の井戸

アルコールの海に溺れながら考える世界のいろいろな出来事。または箱庭的な自分のこと。

世界は瑞色!!

今週のお題ゴールデンウィーク2017」


 高校を卒業してってぇからまあ十代の後半に、だって退屈だってって若者よろしくありきたりな理由で田舎を飛び出して以来十年と、帝都は下町の浅草橋を起点にせいぜい気ままに遊び暮らしたツケがいよいよ溜まったか。二十代の後半、生来のアレルギー体質なんって体内に飼ってる鬼っ子がうわっと噴き出して、暴れに暴れ世に言うアトピー地獄、地獄巡りの行脚行脚と行脚の果てにあえない吉野山太平記に言う楠木正成公討ち死に、南朝方総崩れの段よろしく都落ちとこの田舎に帰ってそれからほぼ三年は寝暮らしてと、プラス社会復帰と言う算段労力に費やした時間を加味すれば、まま二十代後半と三十代前半はほぼ棒に振ったなというアタシのような人間でも、じねん年を重ねると田舎の良さがわかってくるモンなんですね。

新緑の世界。

 碧の緑が目にどれだけ優しいかという感動。
そんなことに気がつきました。

こう、平成スマホタブレットPCと液晶モニターなんぞ代物とにらめっこしちょる生活を続けとりまっしゃるじゃろ(何弁?)。てーなりますと、目がいよいよ硬直化してきますな。多忙で有名なゴーチョクトン主席も裸足で逃げ出すほどの、コウチョクカでございます。

そこに、その硬直化した目をこう瞼の下に二つぶら下げて、まあせいぜい新緑の、森林浴の地帯とかなんとか、なんかそんな風な場所に一歩でも足を踏み入れてごらんなさいよ。

まー目が溶けるほどでございます。

 緑が目に優しいってーのは、まっことホンマ・・いやしかしあたしゃ体験主義者ではございませんが、それでも体験に勝る学習は有りませんな。こう森林散歩をな、フラリフラとまるで夢遊病者のごとく徘徊、彷徨って得たこの新緑の体験は、まさか言葉で言い表せる筈がございません。

そういえば、高神覚昇さんて大正~昭和にいらっしゃった密教系の偉い坊さんが戦後、ラジオ放送にて語った記録を下敷きにした『般若心経講義』なんて御本を、あたしゃ心密かに愛読させて頂いてるんですが、そこにこんな詩がございましたな。

「見よシャーリッシ色即是空花盛り」

色(=現象)は常に移ろい一定の状態に固定されている事なんぞ、そら片時も無いわけで。変化変転を繰り返しているってのは草木静まる冬の最中であっても、ままそりゃ変わりないのですが、やはりこうやって花が栄え緑賑わうこの時分において、尚一層・・。
 眼前に広がる百花繚乱が、やがて散りゆく定めの物と知っているからこそ、愛でる色にいささかの哀愁、儚さのようなものを忍び込ませたりもするモンです。

 物事を単純に喜べない。

・・おっさんに成りましたな。あたくしも。