1
十一時四十五分、改札前。人の出入りを漠然と眺めながらpaを待った。まめに連絡は取りあっているのだけれど、実際に会うのは三年ぶり。三年前と今と、僕自身はあまり変わったつもりが無いけれど、向こうはどうだろう?・・・そうだ、しまったな。せっかく久しぶりに会うんだから、「三年間の暴飲暴食がたたって、百貫デブになった」とか「あのさ、なかなか言い出せなかったんだけど・・あれから思うところがあって、全身整形してあたし今、女なのよね」なんてホラを吹き込んどけば良かったな。
「たぶんあたしの事見ても、アナタ・・あたしだってわからないと思う」
そのほうが絶対、面白かった。
・・今からでも遅くない!!
いや、手遅れか。
ブエナビスタソシアルクラブからスマッシングパンプキンズのアドアへ。
The Smashing Pumpkins - Ava Adore - Bohemia Afterdark
ワンコーラス終わったところで、paが改札から出てきた。変わってないな。まったく何もかも三年前と同じ佇まいで。ヘッドホンを耳から外し首にかける。停止ボタンを押して、手を振るとすぐに僕のほうに気が付いて、手を振り返し歩いてくる。
「久しぶり」
「久しぶり」
再会のあいさつなんて、そんなもん。
2
離れた場所で違うことを考えて違うことをしていた二人が、再び同じ時間を共有する。
よく、何年も会わなくっても、一度顔を合わせればスグにあの頃の関係に戻れる・・なんて言うけれど、本当かな?と思う。ほんのちょっとの戸惑いや、恥やてらいは有って良いもんだ。以心伝心、分かり合えるなんて言うけれど、本当は分かり合っていると一方的に思い込んでいるほうが、ずっと多いのだから。
関係性に関しては、とくに謙虚であったほうがいいと思う。
相手のことを理解しているなんて思い込みは、不理解に繋がる。
だから、お互いの距離を探る数百メートルを、僕たちは歩いた。
なんでもない会話。いっそ内容なんて無いほうがいい。ただ心もとない会話から、始まって。お互いの歩幅を探るように歩いて、呼吸を合わせるだけの為に。
「ねえ、高田馬場ってミャンマー料理屋何件か有るらしいんだけれど」
「え、そうなんだ。どこがおすすめ?」
「わかんない」
「そっかー」
「なんか近くに、二件あるらしい」
「じゃあ、適当に行こうよ」
「うん」
いかにも他人行儀じゃない感じを演出するようなぎこちない気安さで、たがいの三年間の・・ズレた歩幅を調節するように距離を詰めたり離れたりした。
、pa は「ミャンマー料理に行こう」と誘った手前・・セキニンカンか、スマホをグルグルと指で追いかけて探し続けている。
「ねえ、そこの角を曲がればいいかも」
「ちがう、もう一つ先だ」
「そうだそこだ。そこが良い」
と、独り言のように呟いていた。
曲がり角を曲がると、向こうにいかにもそれ風な、真っ青でちょっと日本の風土と場所ずれした看板が見えて、「うん、たぶんこの通りだよ」と、僕が言うと、「あそこに変な看板があるから、たぶんあれだね」とpaも言った。paのスマホをのぞいて、こうやって来たからこうだ合ってるとたがいに確認する。ずんずんと歩いて、するとその向こうの左折路に「ミャンマー料理」という看板が唐突に表れて、「あ、あれ?あれじゃね?」と僕が指さすとpaも「ああ、たぶんあれだね」と相槌を打つ。
・・・んじゃあ、あの、あそこに有るあのへんな看板は一体何なんだ?という話になって近づくと「田口整体院」と書いてあった。
「ミャンマー料理屋よりエスニックな風の看板を掲げる整体院って・・・」
と笑いあって、僕たちの三年間の溝は、それで埋まった。
3
店に入ると僕たち以外の客はまだ誰もいなかった。
「二人です」
と言うと、ミャンマー人・・かどうかは厳密なところ分からないが、少なくとも日本人ではない・・店主が「あ、どうぞ」言った。
僕たちは空いてる席に腰を降ろしてメニューを見ると裏表印刷された紙にラミネート加工。「ランチセット」と書かれていて、AセットBセットと、いわば定食屋のメニューのように品書きが並んでいた。僕はあれ?と思った。見るとpaもあれ?と思っている風にそのメニュを裏表と返している。
目が合った。
「あの、アラカルトで料理を頼みたいんです」
と僕が言うと、店主は申し訳なさそうに「スミマセン。昼のメニューはソレダケナンデス」と答えた。
いいよいいよ、じゃあこれとこれと頼んで、ビール飲む?とpaに聞くとうなずく。
「ビールは何がありますか?」
「えーと、じゃあミャンマービールで」
4
ビールはほどなく届いた。グラスと瓶を置きながら店主が店の端を指さし、「サラダとご飯はアチラカラドウゾ」と、案内してくれた。
つまりメインのおかずを一品頼み、主食副菜スープなどはバイキング形式。めいめい各々が好きなものを好きなだけ食べるというシステムらしい。
「お代わり自由デスカラ、ご自由にドウゾ」
と、言い残して、店主はキッチンに戻った。
見ると、業務用の大きな電子ジャーとスープが入ってるだろう大鍋、大皿にサラダと、デザート。それから銘々を取り分ける用の皿や小鉢が並んでいた。
大食漢には嬉しいシステムだが、そもそも僕らはあまり多くを食べないほうだし。それにビールを飲むのだから、これはちょっと失敗したかなと思った。この店が悪いという訳ではなく、僕たちが求めているものと、この店が提供しているサービスが、上手くくっつかなかったという意味で。
つまり僕たちは細々とした一皿いくらとかの一品料理を何皿かとって、それを酒菜につつきながら・・という願望があった・・のだが、向こうは繁華街のランチサービスということもあって、まずたらふく食ってもらうことが第一義。それで主菜のミャンマー料理を味わってもらって、「お、ミャンマー料理旨いじゃん。メシ食べ放題ってその姿勢も良いし、今度ちょっと夜の飲みでも使ってみるか・・」と、いわば赤字覚悟の宣伝目的が前提。
そこにズレがあった。
現にその店は、そうやってこの界隈に認知されているらしく、僕達がビールを飲みながらグダグダしている間、この辺りから集まっただろう早飯大食いのビジネスマンが入れ代わり立ち代わりと慌ただしく食事を済ませていた。みんな勝手を心得てAでBでと言いながら、中には「この間の飲みはどうもありがとう」なんて、店主に軽いお礼を言っている輩もいたりして・・・・。
5
「ねえ、岳ちゃんはミャンマー料理はじめて?」
と、paが聞いた。
「あるよpaは?」
「初めてだ」
大昔ナカイでミャンマー料理を食べた。イトコといったのだった。
当時ナカイという街には、まだ民主化されていなかったミャンマーから逃げてきた人たちが、大勢いたのだろう。そこはいわばそんな人たちのコミュニティーのような場所で、おおよそ日本人の来客を想定していないようだった。
若いウエイターが、突然来店したそんな異邦人の僕らに、いかにも恐る恐ると言った感じで渡してくれたメニューは大学ノートにボールペンで書かれていた。所々が濡れて、文字が滲んで読めない。しかも、例えば「ビール」が「ビルー」になっていたりと、誤字脱字がひどく、しかしそれが妙に味わい深く、かわいらしいような印象を・・・かえってその店に対する好感度が増したのだから、何事にも正解なんてないということだろう。
また、その若いウエイターも愛想よく僕らに接してくれた。注文を頼むときにも、料理を運ぶときにも、自信なさげな笑顔を振りまいて、卑屈さを感じさせない程度の腰の低さで、僕らに付き合ってくれた。やがて少し打ち解けたのか、「アノ、カラオケもアリマスケド・・ウタイマスカ?」と、カラオケデッキを指さして、笑った。見ると、懐かしい五百円で一曲歌える式の、懐かしいカラオケセットだったから、僕たちも笑いながら「いいよいいよ、ご飯食べに来ただけだし」と、丁重に断った。
「こんなカラオケセット久々に見た」
「まだ有るんだね」
と、ひそやかに語り合う僕らの向こうから、ミャンマーコミュニティの面々の酔っぱらった笑い声が聞こえて、そして、件の若いウエイターは、その渦に交わらず、柱の隅に待機して、僕らのほうに愛想笑いを投げている。
やがて、「お会計を」と言ってそのウエイターを呼ぶと、あまり意味が理解できてい無そうだったので「チェックを」と言い直して、彼は「アリガトゴザイマスー」と、お金を受け取った。それから、心底こそばゆい感じの絵がをを浮かべながら
「ジツはワタシモ、オキャクサンなんでスヨ」
と語り、はじめて声をあげて笑った。
この言葉には、さすがに面食らうしかなかった。
6
懐かしいミャンマー料理店の話をしていると、やがて料理が運ばれてきた。空腹に僕は勢い料理を食べだして、それから「あ!」と声を上げた。
pa「なに?」
僕 「・・・せっかくブログを書いている人らしく振舞おうと思っていたのに、何もかも忘れていた」
pa 「そういう事、向いてなさそうだよね」
僕 「そうなんだよね」
辛うじて・・・メニューだけは撮ったのでここへ。
・・・っと、間違えた。ミャンマー料理はまた次回へ。